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東京地方裁判所 平成11年(ワ)8360号 判決

原告 A

同 B

右両名訴訟代理人弁護士 小林博孝

被告 王子信用金庫

右代表者代表理事 大前孝治

右訴訟代理人弁護士 横山弘美

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、各金二八万二〇〇〇円及びこれに対する平成一一年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、五五六万四〇〇〇円及びこれに対する平成一一年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡C(以下「亡C」という。)は、平成五年一二月二九日当時、被告に対して、少なくとも、普通預金(口座番号〇三〇二六七四六)に一二六万四〇〇〇円、同(口座番号〇三一一五三〇九)に三六〇万円、貯蓄預金(口座番号〇三一二四二四一)に七〇万円の合計五五六万四〇〇〇円の預金(以下「本件預金」という。)を有していた。

2  亡Cは、右同日、死亡した。

3  原告らは、亡Cの法定相続人(原告B(以下「原告B」という。)は妹、原告A(以下「原告A」という。)は弟)である。

よって、原告らは被告に対し、本件預金の返還請求権に基づき五五六万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

1  債権の準占有者に対する弁済

(一) 弁済

被告は、平成五年一二月三〇日、訴外D(以下「D」という。)に対し、本件預金に係る債務のうち、普通預金(口座番号〇三〇二六七四六)につき七〇万円、同(口座番号〇三一一五三〇九)につき三六〇万円、貯蓄預金(口座番号〇三一二四二四一)につき七〇万円、合計五〇〇万円(以下「本件五〇〇万円」という。)を弁済した。

(二) 債権の準占有

Dは、右(一)の当時、本件預金の通帳三冊及び届出印鑑を所持しており、払戻請求書三通に亡Cの署名、押印をして、本件五〇〇万円の払戻請求をした。

(三) 善意

被告は、右(一)当時、右(二)の払戻請求につき、Dに権限がないことを知らなかった。

(四) 無過失

(1)  Dは、亡Cの内縁の夫として、その生前亡Cと生活を共にしており、対外的には夫婦として交際していた。

(2)  被告の担当者西田浩司(以下「西田」という。)は、亡Cの生前、Dが経営するスナックの売上げの集金のためにD宅を訪れたとき、売上金をDから受け取ったり亡Cから受け取ったりしていた。

(3)  Dは、亡Cの生前、亡Cの被告に対する預金の出し入れをしたことがあった。

(4)  Dは、自分の通帳、印鑑と亡Cの通帳、印鑑を一緒に同じ鞄に入れて保管していた。

(5)  Dは、平成五年一二月二九日に死亡した亡Cの葬儀の喪主であり、本件五〇〇万円を右葬儀の費用のために払戻請求した。右葬儀は年末に行われたが、同月三一日は銀行業務を行っていなかったため、同月三〇日に払い戻すしかなかった。

(6)  原告Bは、本件五〇〇万円の弁済の前に亡Cの大切な物が入った鞄をDに渡した。

(7)  原告Bは、西田を既に紹介されて知っており、Dが西田から本件五〇〇万円を受け取っているのを傍らで見ていたが、本件五〇〇万円の受渡しの際、何ら異議を申し出なかった。

2  権利濫用

(一) 本件五〇〇万円は前記葬儀費用に充てられた。

(二) 原告らは、本来、亡Cの相続人として同人の葬儀費用を負担すべきであるが、その葬儀費用を全く負担していない。

(三) 原告Bは、西田が本件五〇〇万円をDに届けたとき、傍らにいてそのことを知っていた。

(四) 原告らは、本件五〇〇万円が葬儀費用に充てられたことを知りながら、Dとの間の別件訴訟(当庁平成八年(ワ)第一三五九三号財産分与金請求事件、以下単に「別件訴訟」という。)で、葬儀費用については全く触れず、同人に葬儀費用の詳細について聞いてもいない。

(五) 原告らは、亡Cの本件預金から葬儀費用が出され、亡Cの相続人として葬儀費用を負担することはやむを得ないと考えていた。

(六) 原告らの本訴請求を認めれば、原告らは亡Cの葬儀費用を負担することなく、本件預金の払戻しを受けることになって、二重に利得することになる。

(七) よって、原告らが被告に対し、本件預金のうちの本件五〇〇万円に相当する金額を請求することは、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 抗弁1(一)及び(二)は認める。

(二) 同(三)は否認する。

(三) 同(四)のうち、(7) は否認する(その余の事実については争うことを明らかにしない。)。

2  抗弁2について

抗弁2は争う。

五  再抗弁ないし抗弁に対する反論

1  抗弁1(三)(善意)に対する反論(悪意)

(一) 被告は、Dと亡Cとの関係が内縁であることは知っており、かつ、亡Cの相続人の存在を知っていたのであるから、Dの無権限につき悪意である。

(二) 被告は、Dに対し、亡Cの預金の払戻しについて、種々の示唆便宜を供与したが、これはDが相続人でないことを認識して行ったことである。

2  抗弁1(四)(無過失)に対する再抗弁(過失)

(一) 西田は、平成五年一二月三〇日当時、亡Cに原告Bという妹がいることを知っていた。

(二) 西田は、本件五〇〇万円の弁済に際し、原告Bが右弁済の行われた葬儀場となる場所に居たにもかかわらず、亡Cの相続人たる原告Bの意思を確認しなかった。

(三) 西田は、本件五〇〇万円の払戻請求について、Dが亡Cの署名、押印をするのを目前で確認している。

(四) 銀行実務では、相続人全員に共同で払戻請求をさせているが、少なくとも、西田は、原告Aの同意を得ていない。

3  抗弁2(権利濫用)に対する反論

(一) 本件は、真実の権利者である原告らが権利行使をするものにすぎず、また、葬儀費用を誰が負担するかは、死者を追悼する者らの内部で決すべきことであるから、原告らには、何らの利得も存在しない。

(二) 被告は、原告らに対し本件預金を支払ったとしても、Dに対する不当利得返還請求権を行使すれば自らの損害を回避することができる。

六  再抗弁に対する認否

抗弁1(四)に対する再抗弁(一)及び(三)は認める(同(二)及び(四)については争うことを明らかにしない。)。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1(債権の準占有者に対する弁済)並びに再抗弁ないし抗弁に対する反論

1(悪意)及び2(過失)について

1  抗弁1(一)(弁済)及び(二)(債権の準占有)の事実は当事者間に争いがない。

2  抗弁1(三)(善意)及び抗弁1(三)に対する反論(悪意)について

(一)  証拠(甲二、三、一一、一二、乙二ないし四(成立については、後記(4) のとおり)、乙五、乙六の1ないし3、証人西田)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  西田は、平成四年九月に、被告浮間支店勤務となり、Dの担当となった。当時、Dは、二つのスナックを経営し、亡Cと共に都営住宅に住み、亡Cとは夫婦のような生活をしていたが、西田は、前任者から、Dと亡Cとが内縁関係にあることを聞かされて知っていた。

(2)  西田はDの担当として、D宅にスナックの売上金を集金に行くなどしていた。集金の際には、Dから受け取ることも、亡Cから受け取ることもあった。また、Dと亡Cの通帳、印鑑等は、同一の袋に入れられて保管されており、Dが、亡Cの定期預金の出し入れをしたこともあった。

(3)  平成五年になってから、西田が右スナックに行くと、亡Cの代わりに原告Bがおり、Dから亡Cの妹として紹介を受けたことがあった。

(4)  西田は、平成五年一二月三〇日朝、亡Cが亡くなったとの連絡を受け、葬儀場となる都営住宅内の集会場を訪れたところ、Dと原告Bが居た。そして、西田は、右集会場で、Dから、亡Cの葬儀費用として、五〇〇万円を本件預金から払い戻すように要求され、亡Cの預金通帳三冊と、Dが亡Cの署名と押印をして作成した払戻請求書三通(乙二ないし四)の交付を受けた。

(5)  右の預金通帳や亡Cの印鑑は、亡Cが、亡くなった当時その鞄の中に入れて保管していたものであるが、原告Bは、原告Aとも相談の上、Dの要望に応じて、右鞄をDに渡したものであった。

(6)  西田は、同年一二月三〇日、右(4) の払戻請求を受け、いったん浮間支店に戻り、上司に相談し、翌日の一二月三一日以降は業務を行わないこととなっており、また、右五〇〇万円は葬儀費用として払戻請求を受けたことから、その請求に応じざるを得ないと判断し、払戻しの手続をした上、前記集会場に戻り、Dに対し、本件五〇〇万円を交付した。

(7)  本件五〇〇万円を交付する際にも、原告BがDの近くに居て、本件五〇〇万円の受渡しを見ていたが、原告Bからは、何らの異議が出されなかった。

(二)  原告Bは、西田を紹介された記憶がなく、また、西田がDに対し現金を渡しているところを見てはいないとの供述をしている。

しかし、証拠(甲二の七項、甲一二の三ページ)によると、原告Bは、別件訴訟の本人尋問においては、平成五年一二月三〇日の事実として、「その後、王子信金のいつも集金に来る男の子が現金を持ってきたときに鞄から何かを出していたという記憶があります。」との供述をし、また、原告Aは、別件訴訟の本人尋問において、「その葬式のときなんですけれども、王子信金がお金を持ってきた事実は聞いてますか。」との質問に対し、「下の姉から聞きました。」との供述をしたことが認められるから、これらの供述に照らし、原告Bの本件訴訟における前記供述は採用することができない。

(三)  そこで、右(一)の事実を前提に検討すると、まず、西田は、本件五〇〇万円の弁済が行われた平成五年一二月三〇日当時、Dと亡Cとの関係が内縁であることを知っており、また、原告Bを亡Cの妹として紹介されたことがあるのであるから、Dは亡Cの相続人ではなく、本件預金についてD自身には権利がないことを知っていたというべきである。

(四)  しかし、民法四七八条は、真の債権者から弁済を受領する権限を与えられた者として権利行使をする者に対する弁済についても適用されるというべきで、たとえ西田が、Dには権利がないと知っていたとしても、Dが相続人らから権限を与えられて相続人らのために本件預金債権の行使をするものであると信頼した場合には、被告は同条にいう善意であるというべきである。

(五)  そして、本件の場合、西田は、原告Bという相続人も居る場所で、亡Cの葬儀費用とするために、Dから五〇〇万円の払戻しを請求されたのであるから、右払戻しが、亡Cの相続人らの承諾のもと、その相続人らのために行われていると信頼したと推認することができる。したがって、被告は本件五〇〇万円の払戻しに応じた当時、Dに権限がないことについて善意であったと認められる。

(六)  なお、証拠(甲三)によると、Dは、別件訴訟の本人尋問において、被告は、預金通帳も見せずに亡Cの預金から三〇〇万円くらいを葬儀費用のために下ろすことに応じたこと、また、西田がDに対し、亡C死亡後もカードを使って同人の預金を下ろすことができると示唆したことなど、被告がDに種々の示唆や、便宜を供与したと解される事実について供述したことが認められる。

しかし、Dの右供述中、葬儀費用のために預金を下ろしたことに関する事実関係は、本件の証拠(乙二ないし五、証人西田)に照らし、信用することができないし、カードを使って下ろせると示唆した点についても、証人西田は、その事実を否定しているため、Dの右供述は直ちに信用することができない。そのため、被告が、Dに何ら権限がないことを知りながら、Dに便宜を供与するために、本件預金の払戻しに応じたということはできない。

(七)  以上によれば、抗弁1(三)(善意)の事実が認められる。

3  抗弁1(四)(無過失)及び抗弁1(四)に対する再抗弁(過失)について

(一)  抗弁1(四)(1) ないし(6) の事実について、原告らは争うことを明らかにしないので、これらの事実を自白したものとみなす。また、抗弁1(四)に対する再抗弁(一)及び(三)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)及び(四)の事実については被告は争うことを明らかにしないので、これらの事実を自白したものとみなす。

(二)  また、前記2(一)(3) 及び(7) によれば、抗弁1(四)(7) の事実が認められる。

(三)  そこで、右の(一)及び(二)の事実のほか、前記2(一)の事実を前提に、被告の過失の有無について判断する。

(1)  まず、Dにより行われた本件五〇〇万円の払戻請求は、亡Cの葬儀費用のために行われたもので(抗弁1(四)(5) 、前記2(一)(4) )、葬儀場となる場所で、かつ、相続人の原告Bが居る場所で行われ(前記2(一)(4) )、しかもその払戻請求に応じて行われた本件五〇〇万円の受渡しを同原告は見ていたが、何ら異議を述べなかったのである(前記2(一)(7) )。

(2)  一般に、死者に遺産があるかぎり、死者の生前の社会的地位に応じた葬儀のための費用は、死者自身が用意していたものとして、これを遺産から支出できると解するのが、社会通念に合致する。

(3)  そのため、右(1) のとおり、Dの本件五〇〇万円の払戻請求が、亡Cの葬儀費用のため、その遺産である本件預金から支出するために行われたもので、その払戻請求、現金の受渡しのいずれの場にも、相続人である原告Bが居て、現金の受渡しに異議が出なかったことを考慮すると、西田において、Dの右行為が、相続人らの承認のもとに行われたものであって、相続人からその権限を授与された行為であると信頼したとしても、過失はないというべきである。

(4)  しかも、Dが亡Cの預金をその生前にも出し入れしたことがあったこと(抗弁1(四)(3) 、前記2(一)(2) )、原告Bは、原告Aとも相談の上、亡Cの大切な物が入っている鞄をDに渡し(抗弁1(四)(6) 、前記2(一)(5) )、その結果、Dが亡Cの預金通帳や印鑑を利用することができたこと(前記2(一)(4) )、Dは、亡Cと生活を共にし(抗弁1(四)(1) 、前記2(一)(1) )、西田がスナックの売上げを亡Cから受領した事実があったり(抗弁1(四)(2) 、前記2(一)(2) )、Dと亡Cの通帳、印鑑が同一の袋で保管されていた(前記2(一)(2) )など、Dと亡Cが経済的には一体であると認められる事情があったことは、いずれも、西田の右信頼を補強するものとして、過失がないことを根拠付けるものということができる。

(5)  そのため、西田が、亡Cには、原告Bという妹のいることを知りながら(抗弁1(四)に対する再抗弁(一))、右の原告Bや、原告Aの意思を確認しなかったからといって(右再抗弁(二)及び(四))、それのみでは、被告に過失があるということはできない。

(四)  そうすると、抗弁1(四)(無過失)は理由があり、抗弁1(四)に対する再抗弁(過失)は理由がない。

4  以上のとおり、抗弁1(債権の準占有者に対する弁済)は理由があり、これに対する再抗弁ないし反論はいずれも理由がない。

三  結論

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求のうち、五〇〇万円の支払を求める部分は理由がなく、残金五六万四〇〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお、その請求権は可分債権で、相続により当然に原告らに二分の一ずつ分割承継されるから、結局、原告らの被告に対する請求は、原告らそれぞれに対し各二八万二〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一一年四月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。)。よって、原告らの請求を右の限度で認容することとし、その余の請求は理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文及び六五条一項本文を、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 都築政則)

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